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「夜明け」

2024年4月4日

お問い合わせがありましたので。

2023年11月末に私が受けた手術について、少しご説明します。

体調を崩してどうしようもなくなって、病院へ行ったら敗血症になっており。
2006年から入っていた人工血管を抜去するものでした。

2000年の子宮頸がん手術以降、予後がなかなか安定しない間に右腹部大動脈を潰してしまっていた関係で。
左腹部大動脈から恥骨前を通して右足の血流を確保するよう、人工血管を通してもらってあったのですが。

カレコレ17年も活躍してくれており、とうとうお腹の中に潜んでいた菌に乗っ取られてしまったのでしょう。
ひとたび感染を起こすと、人工物には抗生剤が効いてくれません。感染値は普段の700倍以上になってました。

↑一気に上がりますので、体内に人工物が入っている方は、どうかどうか意識なさっておいてくださいませ。

私も、始めは風邪かな?くらいに思っていたのですが。
手持ちのカロナールが効かず→ロキソニンも効かず→ボルタレンの座薬まで効いてくれなくなっていって。

咳も出ないし、関節も痛くならないしで、何だろ??と高熱にガタガタ震えながらも。
「休日の緊急外来に行ったら大袈裟よねー」なんて、週明けまで我慢してしまって‥割と危なかったんです。

人工血管感染症により、抜去→再建の予定でしたが。
体調悪化のため、まずは先に抜去手術だけが行われまして。

手術後に入った集中治療室で迎えた夜明けの写真がコレです。
ここ、集中治療室、なのでしょうけど。ちょっと医療機器置き場を兼ねてます‥よね?

こちらの病院の心臓血管外科には、ややコンパクトサイズのICUが放射状にズラリと並べられており。
あの晩は、そのうちのどこかのベッドの上で、命を食い止めるためのギリギリの死闘が繰り広げられていたようで。

一晩中、医師と看護師さんたちの切羽詰まった声とバタバタと走り回る足音、機械が出すいくつもの警音が聞こえまくって。
本当に本当に怖くて眠れなかったのですが。

その中で、私の部屋はモノをたくさん置いておける「切羽詰まってない患者用」の病室なのかも‥と、ふと気づきまして。
このエリアの中で一番元気な患者として、どうかどうか命を取りとめてくださいますようにと、パワーを込めて祈ったんです。

空が白くなり始めたころ。
病室群一帯が静かになり。

どうしても気になって、見回りの看護師さんに訪ねてみたところ。
その方の命は繋がった、とのこと‥✨✨✨

めちゃめちゃ嬉しかったです。
そして何故か、私にもいいことがありそうな、そんな気持ちになったことを覚えています。

で、実はすぐに。
いいこと、ありました。

それは、私の右足に血流が生まれていたこと、です。

抜去手術をしただけでは、血流を奪われた右足は壊死してしまうと思われ。
体調が少しでも回復したら、また新しく人工血管を入れ込む手術を受ける予定だったのですが。

術後、なんと私の右足は冷たくなりませんでした。
17年の間に、私の右足の中に、小さな血管たちが生まれてくれていたんです!!!

たとえるなら。
高速道路(大きな血管)はなくなってしまったものの、一般道(細い血管)がたくさん通ってくれていたおかげで。
物流(血流)はボチボチながらも確保できてますよ、ということです。

まだ走ったり踊ったりはできませんが、この小さな血管たちを頼りに、新しい血管を脈々と増やしていき。←リハビリ頑張りますね!

また楽しく暮らしていきたいと思っているのでありまする🤗

思えばワタクシ。
万里結太の20歳の誕生日でステキなレストランで乾杯をすること、スーツでキメた記念写真を家族4人で撮ることを、ずーーっと(ネバダのワショー病院にいた頃から)目標にしつつ頑張ってきたんですけど‥。

あの、集中治療室にいた晩のことを思い出すと。

また楽しい予定をどんどん考えて、新しいカレンダーに書き込めたら、それで超絶ハッピーやん!!!と、めちゃくちゃ素直に思えてくるんですー💕

もう大丈夫です。

再度手術を受けることになるかも‥と考えるあまり、ずっと言えなくてすみませんでした。
ご迷惑をかけたままだった皆さんに、心からお詫び申し上げます(深拝)。


p.s.
卒論を書きたくて入った大学ですが、通信課程は卒論を書かなくても卒業できるとのこと。
体調と相談しながら、マイペースで前進してみますね!

去年夏のスクーリングで、運動系の単位をすべてGETしておいてラッキーでした😆